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金のドラゴン

ドラゴンの蒔絵はそろそろゴールが見えてきました。


手製の道具は立派な鯛からとった歯。
使えなくなった古い蒔絵筆の軸に差し込むと、細かいところ、凹んだ部分へアクセスできる便利なツールに。
蒔絵の工程の最終段階、金を磨く手段のひとつになります。


鯛は貝や甲殻類を殻ごと(当然!)捕食するので歯が硬いそう。
お魚屋さんで立派な鯛を見かけると歯科検診してから買いたくなります。


さて、金のドラゴンの舞う黒蝶真珠のバロック。
どんなジュエリーに仕立てるか、もう少し楽しく悩みましょう。

work in progress

今日から9月。

夏も終わりに向かい、ほっとするような寂しいような。


今日は久しぶりに製作風景のご紹介です。

パールの中央付近に見える細い白い線は、描いた線ではなく塗り残した線。

「髪の毛一本」は一般に細かさの例えですが、こんな作業中に髪の毛がふと視界に入るとその太さに仰天することも。


想像上の動物を形にするのはとても楽しいです。取材した造形を一旦ぜんぶ手放し、製作時はフリーハンドで自由に表現します。


来年の年女さん年男さんもそうでないお好きな方にも、楽しんで頂きたいなと思いながら一歩ずつ進みます。

今年のブラムリー。手のひらを大きく上回るサイズばかりが届きました。
どう使い切ろうか楽しく悩む、夏の終わりです。

中川衛 美しき金工とデザイン展

パナソニック汐留美術館で「中川衛 美しき金工とデザイン」展を見てきました。


金沢の美術工芸大学で工業デザインを学んだ後、大阪の松下電工(現パナソニック)で家電製品のデザイナーを務め、金沢に戻ってから出会った象嵌技法に魅了され金属工芸の道へ。高橋介州(海野清のお弟子さん)に弟子入りし、彫金の人間国宝となり現在に至る、というのが中川氏のプロファイル。

これだけで十分面白そうで興味をもち、出かけてきました。


工芸作品だけが居並ぶ展示会と違い、学生時代の課題作品(なつかしーい感じ)、パナソニック入社後の研修日誌、デザインを手掛けた70年代の美容家電など、面白い記録がいろいろありました。

工芸家となった後の象嵌技法の彫金作品はどれも、技とデザインが互いを高めあったようなモダンさが清々しかったです。

デザインのソースは異国の風景だったり、日常の断片だったりと多彩。


一部の展示品は撮影可能でした。


これは師匠作品へのオマージュかな。

ちなみに展示されていた師匠・高橋介州の作品もどれも素晴らしかったです。

ジュエリーは一般に盛って加えて(価値を上げて)いくものなので、苦労して嵌め込んだ部分もすべてプラスマイナスゼロになるまで研いで磨いて仕上げる象嵌技法作品はどれも大変にストイックに見えて新鮮です。

スペインのイメージ展

西洋美術館で「スペインのイメージ」展を見てきました。

スペインにまつわる17世紀以降の版画から、主に西欧のスペイン観を探るという企画展です。


なぜ版画?という疑問の答えは、当時それが先端の情報媒体だったから。大量に刷ることができ持ち運びも楽で、情報(イメージ)を広く流通させるのに適した手段だったのですね。

展示品は西洋美術館の所蔵品に国内美術館や個人所蔵のものを加えて構成されていて、パンデミック中の企画進行の厳しい状況が伺える内容でした。

でもビッグネームのラベルに頼らずキュレーターさんの切り口がナラティブをもつ展示会は、新しい発見が期待できるので好きです。

スペイン文学の『ドン・キホーテ』は、その名前を借りた程度のバレエ演目でしか接したことがなかったので、少し触れることができて良かったです。

他にもヨーロッパのスペイン観(”フジヤマ・ゲイシャ”のスペイン版、媒体は部分を拡幅する)、ムスリム統治時代と植民地時代の遺産の存在感、ピカソやダリといったスペイン出身の画匠が描くスペインの魅力など、新しい発見がたくさんありました。


ピカソが描いた闘牛場の風景、その一部。

闘牛場がばりばり現役の娯楽の場であったころ、マタドールが曲芸師を兼ねて受けを狙うこともあったそう。卓越したデッサン力を持つ人がさらさらーっと描いたものは勢いがあって惹かれます。


他にも、ダリがドン・キホーテ物語を題材にした版画が面白かった。動画以上にスピードを感じる版画、いつかまとまった量で見てみたいです。

展示会は9月3日まで。

企画展チケットで常設展を見ることもできます。一日涼しい館内で西洋美術にどっぷり浸かるのもよいアイデアかもしれません。

古代メキシコ展

東京国立博物館で「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」展を見てきました。

自分の常識は誰かの非常識。足元をすくわれる感覚にたびたび見舞われる、楽しい展示会です。


ある展示品の解説に「古代遺跡で発見された碑文の一部」とあったのですが、品物はどう見ても具象的な石の彫刻。この石片に「彫られているはずのテキスト」を見つけられず、あきらめて足を進めました。そうこうするうちに、この文明で記録に使われた「文」がどういうものだったかをようやく理解。

このレリーフの中央、天然ゴムを固めた丸い球技用ボールの上にあるのも「文字」です。


スペインに滅ぼされた、とよく表現される文明社会。

生粋のヨーロッパ文明の人間がこの社会に接したとき、驚きが恐怖に変わるのに時間はかからなかっただろうと想像します。

「解らない」ものに対する恐れに対処する方法はいろいろあるものの、命をかけてたどり着いた場所で情報もなく同胞は少数…となれば、とれる行動に選択肢があまりないことも容易にイメージできます。


モノとして興味深いものもたくさんありました。

このエリアでは翡翠が多用されていて、他の石の彫刻と同様に素晴らしい研磨技術で磨かれていました。

この首飾りは珍重された素材の双璧、翡翠とスポンディルス貝の組み合わせ。

人と動物と神はしばしば渾然一体となって、デフォルメされます。

コーパル(若い琥珀)を焚く香炉。いつまで眺めていても、飽きない。

ほら貝の彫刻柄も面白い。こういうパターン、古代アンデスにもあったような。


この文明が続かなかったことをとても勿体なく感じると同時に、人の行動範囲が広がるにつれ世界の「差異」は今この瞬間にも失われていることを改めて思い出しました。


「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」展は東京国立博物館平成館で9月3日まで。その後福岡、大阪へ巡回するようです。

詳しくはこちらの展示会公式サイトにて。


楽しい展示会、お勧めです。